その他

こんなところまでよくおいでくださいました

 八藤後がこれまでに書いて公刊された、論文以外の巻頭言、編集後記、講演録、会議報告、書評などを載せました。
 昔のものもあり、現在では必ずしも時代的にそぐわないものもあります。また、これは入稿した原稿なので、その後編集者によって短くされたり、表現の一部を何らかの理由で改変されたりしたものもあります(すべて筆者の了承済み)。
 また、筆者自身が論文のように発行年月日を正確に記録しているものではなく、発行年月について必ずしも正確ではないことをおことわりします。


八藤後の書いた 巻頭言、編集後記、講演録、会議報告、書評など

 
 
連載 日本国憲法と私 第6回 「福祉まちづくり」に憲法の精神はあるのか
・なぜ電車やバスに乗ることにあれほどこだわったか
 1970年代、障害者の権利獲得運動をきっかけにおこった「まちづくり運動」は、その過程で激しい攻防があった。しかし、「障害者が電車やバスに乗るということ」に、当時の私は単なる利便性追求で、なぜあれほどのこだわりがあったのかを理解しづらいと感じていた。なにしろ東京都23区内に住んでいた私も、青年時代までまちで車いすを見たことがなかったのであるから。
・普通に暮らすことに必要な移動の権利
しかしその後、地域で普通に暮らすことについて、いかに憲法がかかわっているのかを知ることになる。当時のように公共交通の利用ができないと、買い物や人々との交流、通院といった基本的な生活権が保障されないばかりか、学校へ行く、高等教育を受けるといった教育権も保障されず、就労することもできない。これらをみていくと、生活権、教育権、就労権…といった一つひとつの権利が保障されていても、電車やバスに乗れないというだけで、人間生活に必要なほとんどの権利が行使できない。私は、まちづくりは憲法で保障されたさまざまな権利を具現化する、基本的社会基盤整備であると考えるようになった。
まちづくり運動は、後に「移動の権利」という移動権を前面に出したものとなった。
・権利性を前面に出さない施策
こうした運動の成果は、1973年から「身体障害者福祉モデル都市事業」への展開となり1993年まで20年間も続いた。しかし、これの事業自体は社会的基盤整備を担当する建設省や運輸省(いずれも当時)ではなく厚生省(当時)の施策であった。すなわち、福祉施策として位置づけられたのである。これは、わが国の福祉のまちづくりの歴史を語るうえで、まちづくりは 「福祉」であるという狭い概念からのスタートが、後述のように現在にも禍根を残しているように思える。
「ハートビル法」(1994年旧法)から現在の「バリアフリー法」(2006年~)へは、国土交通省の管轄になったが、その正式名称は「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」である。この法律の名称に「すべての人々の権利確保」という視点が感じられるであろうか。「利便性の確保」以上のものではないと考えられる。
・権利保障ではないために出現する問題点
 「ハートビル法」以降も、公共交通に関してストレッチャー型車いすの乗車可否、JR観光線車内へのトイレ設置を求めたものへの拒否、転落死亡事故から端を発したホームドアの要求など、個別の要求へのある意味不誠実な対応の例をあげればきりがない。いずれも「特殊すぎる」「観光目的なのだからよいだろう」「お金がかかりすぎる、技術的に無理」といったことばが見え隠れする。
「利便性の確保」という意識が行政や市民両方にあるかぎり、まちづくりは「福祉的なまちづくり」の範囲にとどまるものと考えている。
・まちづくりからみた「公共」と憲法
 「公共哲学」という学問分野では、公共とはなにかからはじまり、だれもが平等であることの合理性について、理論的に説明ができることが示されている。それらの結論だけを文書化したものが、まさに日本国憲法であることに驚かされる。
 私は、一言一句たりとも憲法条文を変えてはいけないという考えをもつ者ではないが、「まちづくり」という狭い範囲のキーワード一つから考えても、公共と平等を理論的に具現化した現憲法を全体の整合性を保ったまま改変するのは、かなり困難があると考えている。

(日本国憲法と私「すべての人の社会」日本障害者協議会VOL.36-11 通巻NO.440 2017年2月)


※八藤後補足 編集委員(必ず執筆が割り当てられる)が最も恐れるテーマの順番が回ってきました。
 後日の編集委員会で、最後の「公共哲学」に関する記述が「説明できる」とあるが、どのように説明できるのかがわかるとよい- との意見があったと聞きました。全くもってその通りです。
〈巻頭言〉
子育てと子連れの公共交通利用
せっかく手にした公共材をみんなのものに
1. 私たちにとってはじめての経験
 都市部では、ここ数年の間に子連れによる公共交通機関の利用が大幅に増えたことは、誰の目から見ても明らかであろう。それも、従来では広げたままで使用されることはなかったベビーカーの利用が増加している。
 この背景には、バリアフリー法の施行によって鉄道駅や車両、公共施設などにエレベーターや多目的トイレが設置されたことにより、子連れにおいても外出行動の利便性が飛躍的に向上したことが、要因である。
 しかし、新聞紙上においても、公共交通におけるベビーカー利用とその利用者マナーから、ベビーカーの持ち込みはもちろん、子連れ外出そのものに、子育て経験のある女性を中心として、否定的な意見が多い。しかしその一方で子育て層を中心に、必要とする目的があるから外出しているのであって、今まで外出したくてもできなかったものが、ようやく改善されつつあることを肯定的に捉えるべきとの意見が出ている。これらは、いまのところ両者が歩み寄る気配はなく、ベビーカー論争の様相を呈している。

2. 公共とは何か
 こうした議論を耳にするたびに、私がまだ学生だった頃の1970年代後半における障害者たちの当事者運動のことを思い出す。交通機関の利用はままならず、車いすを担ぎ上げてホームまでたどりつくありさまである。また、私と共に外出した彼らは、しばし乗客や駅務員から「なぜ(このような時間に)わざわざ電車に乗る必要があるのか」「他の乗客に危険である」といった忠告を受けることも少なくなかった。まさに現在のベビーカー利用者並に、針のむしろに座る気持ちであった。
 時代はさらに十年遡り、東京オリンピック(1964(昭和39)年)におけるパラリンピック選手団の視点がある。
 当時わが国では車いす使用者は、生涯において病院(療養所)か施設が唯一の生活の場となっていた。しかし同じような機能障害で、同じような車いすに乗っている外国の選手団で、病院や施設から参加した人はほとんどいなかった。それぞれの地域で住宅に居住し、結婚している者、就労している者もいて、わが国の参加者の驚きはたいへんなものであった。いままで「障害」とは、個人に起因しているとばかり思っていたものが、まさしく周囲の環境が障害を「つくりだしている」ことを当事者、ならびにその周囲の人たちが認識し、はじめてそれを発言したことにある。
 この場に居た人々は、その後のまちづくり運動にかかわり、建築や土木分野の人々との交流も広くもち、その後のバリアフリーの技術的指針をつくりあげる主体としての活躍があった。
 どこでもいつでも自由に外出移動できるということの意義は、単に便利ということではない。買い物や通院といった基本的な生活行動だけでなく、通学する、そして通勤するといった高等教育をうける権利、働く権利を確保する社会的基盤整備である。

3. 誰のための施設か
 今世紀に入ってから、「1.57ショック」といった少子化問題が高まる中で、地域とよりよい子育て環境の醸成を目指す「子育てバリアフリー」という概念が出てきた。筆者らによる「地域環境における子育てバリアフリーの実体及び比較に関する調査研究(2005年)」の前文では、子育て環境に関するバリアフリーへの意識がきわめて低いことを指摘し、次のように述べた。
――子どもに関する配慮は、昭和45 年の身体障害者福祉審議会の答申のなかに、「建物・交通機関・その他の公共設備・構造が身体障害者の利用の便宜を十分に考慮することは、単に身体障害者の利便だけにとどまるものではなく、高齢者・子ども・妊婦などの利便につながるものであるので、長期的視野にたって必要な施策を講ずること」と明記はあるものの、具体的な技術的基準ではほとんどなされていなかった。――
 すなわち、従来のようにまちづくりにおいて高齢者や障害者への対応ができれば、子どもなどへの安全・安心は担保できるという認識は必ずしも正しいわけでないとし、子育て環境のバリアフリー化には、独自の展開が必要との一石を投じた。
 これらがバリアフリー施策の中でも数十年にわたって見過ごされている原因として、他の当事者運動や市民活動と異なり、構成員がもともと社会活動のための時間がとりにくいこと、世代の入れ替えが激しく、子育て期にまち環境に関する強いニーズがあるものの、それらが運動体として引き継がれないという特徴がある。すなわち発言力としてはきわめて弱いことが特徴であることを、私たちは認識すべきである。

4. 誰も経験がないベビーカーの公共交通利用
現役の子育て中の親も、さらにその親世代、そして交通事業者も含め、ルールも対応も誰からも伝承されないまま、まち中にベビーカーがどっと繰り出したのである。当初は、子育て世代の保護は国民的な関心事であったことから、大目にみようという寛大な態度が社会にあったと感じている。しかし、その一方で(親)の身体的負担が減少するという理由のみによって、ベビーカーを車内に持ちこむことへの批判も出てくるようになった。

5. 優先か平等か
 これにより、多目的トイレや、駅や商業施設をはじめとした公共施設のエレベーター利用の増大による待ち時間の発生は、同様の施設を必要とする高齢者や障害者にとって、その利用がままならなくなるといった事態が各所で起こりはじめていた。
まちづくり運動草創期からその主体となって活動していた山田昭義氏は、公開シンポジウムの場で、障害をもつ当事者として長年の運動の結果得た今日あるトイレが、「そういった経緯を知らない子連れによって独占状態となっている」ことについて強いいらだちと不快感を述べている。当時の状況を知る者にとって、この心情は理解できるものである。

6.まとめ
 しかし、同様に子育て世代に移動範囲を縮小させることを強いるようなことがよいとは誰もが思っていない。社会の財産であるこうした設備は、ほんとうに必要な人が優先して使用すべきであろう。1990年代までは、だれも利用しないため障害者がエレベーターに一晩閉じ込められるできごと、防犯を理由として鍵をかけられているトイレがあったことは記憶に新しい。今日の事態はこうした設備を特別な人の特別なものではないという認識として広まったことになり、むしろ喜ぶべきであろう。しかし、それぞれの当事者間ではずいぶん意識がちがうこともわかっている。こんなに多様な人々がまちに繰り出してくるというのは、いまだかつて誰も経験がなかった、いわば大事件であるとも捉えられよう。私たち技術者は、マナーや社会的合意、そして施設や車両の技術すべてが「発展途上」であるということを認識して、こうした問題に技術的な関与を積極的にしていくべきと考えている。

(巻頭言「交通工学」交通工学研究会2014年1月号(Vol.49, No.1))
〈編集後記〉
世代による景観への意識の違い
 私が勤務する大学では、最寄り駅からほとんどの学生が通る400mほどのれんが色の道がある。そこに、2年前の大学夏期休暇期間中に、真新しい黄色の視覚障害者用誘導ブロックが敷設された。
 さて、新学期になって建築学(都市計画やまちづくり)を学ぶ学生に授業でたずねたところ、全員が敷設に気づかなかった。日頃から景観デザイン教育を受けている彼らであっても、である。
 誘導ブロックは、私の年代では大人になってから突然都市景観に「異物」として登場した。しかし今の大学生は、すでに彼らが生まれたときには存在していて、風景として溶け込んでいるのであろう。私にとっては驚くべきことである。
 このブロック自体の機能を失わないで、なおかつ景観において影響の少ないデザイン(色)の論文発表が先週学会であった。私は、研究に水を差すようではあるがとひと言おいて、このことを話したうえで、この研究自体の意義を問うたところ、会場から大いなる批判を浴びたのである。
 その論拠は「中高年は許容できない」「若い人にほんとうに素晴らしい景観というものをちゃんと教えるべきである」と。
 スタジオジブリ制作の劇場アニメ作品「おもひでぽろぽろ(1991年)」において、舞台の山形県の農村に東京から来た主人公が、どこまでも続く水田の風景を見て「自然だ自然だ」と感激する。しかし地元の若者からは「全部あとから人間がつくった(人工的な)風景」と言い放たれるシーンがある。
 私たちの思う素晴らしい景観、よきバリアフリー環境の実態は、思い込みによって構成されているのかもしれない。
 さてこの誘導用ブロックは、外国人からは絶賛されている。わが国が福祉国家であることを象徴するものとしてとらえられているようである。
 2020年に向けて日本人は、こうした外国人の視点をいやおうなしに受け入れることになる。今まで私たちには考えにも及ばなかった新たな人々が加わり、価値観の転換があると思われる。いろいろ問題点も指摘されている東京開催であるが、私はわが国のバリアフリー環境の発展のよい機会になると最近では思っている。

(編集後記「リハビリテーション研究」第164号、日本リハビリテーション協会、2015年9月1日)
〈編集後記〉
 合理的配慮って、物事の本質って
 半月ほど前、首都圏のある自治体がもつ音楽ホールのバリアフリー改修の相談に行ってきました。年数が経った建築物ですが、音響的には定評があるようです。
 音楽ホール側は、利用者の声を聞いて問題点をまとめ、それに応えるための独自の改善案をもっていました。一例をあげれば、ホール内のスロープの傾斜を変える、壁面の出っ張りをなくす、2~3階客席の既存転落防止柵を改修して、パネルを貼り、手すり子などをつけてすき間のない手すりにする等でした。しかし、これでは緻密な音響設計のもとでつくられたホールの音が変わります。過剰とも言える安全柵は、音響効果の他、音楽ホールとしての気品を大きく失います。
 じつは私自身がこんなことを考えるようになったのは、本誌の巻頭言にも書いていただいているように、障害者差別解消法にもある「合理的配慮」について関心をもつようになってからです。「合理的配慮」とは、建築物で言えばその建築の「本質」はなんであるのかを問うものと思います。音楽ホールの「本質」を変えてしまうのは、「合理的」ではないように思います。こんなことを私が口にしたら、ホールの方々はびっくりされていました。
 これについては、いくぶん誤解を招く表現かもしれませんが、本質を失わないでバリアフリーを技術的に実現できるという、より難しい技術的課題がこれからは多くなりそうです。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会2016年11月)
〈編集後記〉
書きかけて、なにを言いたいのかわからなくなったので、自分で不採用にした原稿
 私の勤務する大学は工学部ですが、少し前から「差別解消法の考え方と対応」をテーマとして講義をしています。今年はいよいよ施行されたわけですが、人に教えていてなお釈然としないところがあって、学生の質問もなく、私自身もモヤモヤとしたまま講義が終わります。
 その理由として、「合理的配慮」が今ひとつはっきりしないので、それを環境設計により具現化するという工学系特有のプロセスがきちんと提示できないこともあるのですが、まあこれは教員の力量によるところが大きいと自省しています。しかし、このモヤモヤは対象者がはっきりしないというところにもあるような気がします。私は「障害者」とはいっているが、差別を受ける人すべてを包括しているという、いわば人権法の一つというか、そのものと思っていました。よって、LGBTの人(性的指向における少数者や性自認が多くの人と違う者)は、てっきり差別解消法の対象者だと思っていたら、『民進党他による「LGBT差別解消法案を衆院に提出」』というニュースを聞いたときはもうびっくりです。つまり「障害者差別解消法」の対象ではない、だから新たな法案が必要だったのか!というありさまです。「障害者差別解消法」はそんなに狭い、障害者基本法にある範囲の人々しか対象にしていなかったのでしょうか。いや、障害者基本法の定義でももっと対象者は広いはずだぞ、じゃあなどと(以下、書くのをやめて上記の内容にしました。)

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会2016年11月にする予定だった)
〈書評〉
援助論教育と物語
──対人援助の「仕方」から「され方」へ
著者 小山聡子  出版社 生活書院  発行日 2014年3月31日  価格 2,800円(税別)
 まちづくりは、そこに住む人々の生活観や価値観、ときにこれからの人生設計までを読み解く必要に迫られる。最近では、ワークショップという手法はある程度経験則が蓄積している。しかし私たちは従来の手法で、そこで暮らしている人たちをどれだけ理解しているのか。本書はこうした問いかけに応えるものと思う。
 まちづくりに携わるわれわれも、本書がいうソーシャルワーカーの「背景に技術があり、専門職としての誇りがある」と考えは一致している。しかしそれはソーシャルワーカーのそれと同じく、ポストモダン思想の流れに位置づく専門職幻想かもしれない。あらゆる専門職への疑義を唱える源として本書が言及していることは傾聴に値しよう。

 近年のソーシャルワークへの批判をひと言でいうと、専門職の判断で上から押しつけ、そして環境サイドの不備による抑圧の経験を個人が解決すべき悲劇にすりかえている、といわれている。小山はこれを「不十分な制度を背中にしょった利用者懐柔のわざ」のように言われることが残念でならないとしている。私なりに例示すると、まちづくりの与条件(予算とか)はたいへん厳しいが、住民へは聞き上手で相手を信頼させ、丸め込み上手がわれわれ(ファシリテーター)の手腕と思っているフシはないか、とは言い過ぎであろうか。
 小山はこうした対人援助批判(専門職批判)が席巻する2000年代を境として授業の流れを変え、自分のやり方を批判的に検討したという。

そこで、初学者には「他者理解」のためには物語(小説など)は、それを通じて実戦トレーニングの場として最適ではないかという仮説のもと本書は書かれている。小山は個別援助の方法論が、ソーシャルワーク体系の中にどのように位置づけられているか考える中で、「物語」の利用がメインに取りあげられていないことに気づいたのである。

 初学者(大学1年生)へはじめに登場する物語は、「きつねの おきゃくさま」(あまん きみこ)である。小山は自らが子育ての過程において、これを偶然発見したという。登場人物の行動の読みときであるが、現代国語の試験問題とは全くアプローチが異なる。正解はないが、なぜそう思うかの理由は必要である。物語自体をシステムとして「あたかも関連し合っているように見える物事の集まり」とし、これを読み解くツールを示している。私は、理系大学の講義科目にある「システム論」における読みときと同じ手法であると考えた。
 登場する動物たちがどの時点でどう考えたか、学生のリアクションは絶妙であり、本書のはじめの山場である。しかし読み解きには解析と、それに必要なツールとなる基礎知識が必要ということも思い知らされるのは初学者も同じであろう。

 物語を通した他者理解は、学年が上がると文芸・文学作品利用へと発展する。小山は物語によっては、社会福祉援助においてどうしても納得や受け入れが出来ない状況と酷似している内容が含まれることを示唆している。小山は「物語を通して他者の人生やストーリーに敬意を払う姿勢と柔軟に理解しようとする想像力を養い、同時に自分のもっている価値観に気づくことができるのではないか」と考えるようになっていく。
 しかし私には事例研究でよいのではないか、という疑問が生じてくる。しかしこの答えはあっけなく次の節で説明される。事例はある専門職等のフィルターのかかった物語であり、社会的逸脱行為や病理と表現されている人々の声が不可視化されるという。よって、すぐれた小説をはじめとする物語に涵養の場を求めることが(条件付きながらも)最適と確信することになる。私は従来の事例研究の欠点を初めて認識することになった。
 他者の置かれている世界を広げ、その中にいる作中人物の行動を理解しようとする過程で、やがて自分自身の世界観をも広げていくことになり、自己理解へつながっていくことが期待されている。

 上級学年になると、物語は自分たちでつくり、まとめ、その内容を要素に分けてカテゴライズし、分析するものへと移行する。
 テーマはなんと「恋愛」である。女子学生たちのたわいもない話しが展開するように思える。しかし本書でいう、パタン化、キャラクタへの分類手法のトレーニング、そして対象や自分の客観視、そしてみんなの「当たり前」を俯瞰するのである。これらへの展開の過程はスリリングであり、読者もどんどん引き込まれる。学生たちは「自分がそのような考えに至った理由」はなにか、ことのつまり「自分は何者か」を考えるに至り、他者理解へとつなげていく。その過程では、一連の発言記録の解析が(自分を)排斥する他者の存在を認識し、自己が排斥される自己の存在を意識する。これを学生は例えば「社会構成主義」という理論にもそのあてはまりを検討するといった「ツール」を使いながら整理している。
 しかし私は、対象者が小山ゼミというフィルターにかけられた学生たちであり、他者の考えに強い違和感はほとんどなく、それ故成り立っているのではないかといった漠然とした違和感があった。ところがその懸念も、後に津田学生がすべてを指摘しているのである。課題自体の批判的評価が学生から得られることはたいへん興味深く、この課題の効果について別の一面が表れたと思う。

 これらはさらに発展し、自分の物語をつくり(ドミナント・ストーリー)、それを他者の物語から再考し、さらに自分の立ち位置の確認をしながら自分の物語を変化させる(オルタナティブストーリー)へといった実践が紹介される。この課題は、学生には将来やこれからの人生に関して、他者の視点を取り入れることにより自分の立ち位置をよく知り、自分が目標とすべきものを明確化していく行為と私は解釈した。
 本書では学生たちのドミナント・ストーリーがつくられた後に、小山の前職における同僚である、あくまでも一人称の語りとして「石川さん」が登場し、その語りに共感と反発を学生に期待する。こんどは参加者(学生)の一人称による語りを誘発していき、その過程で別の書きかえられた自分の物語を学生は目の当たりにするのである。
 これはまちづくりにおける「ワークショップ」プロセスそのものといえるのではないか。

 これらに共通して小山は「個人変容が目的でない」ことを強調している。援助は、やがて自己に向かい、かつ相互に作用していく(中西、上野)(他)。小山はこれをして「社会変容に向かう」としている。私の拡大解釈では、相手を説き伏せたりするのではない、その行為によって自分自身を理解する(そしてかわる)、そのうえで他者との共存のためになにが必要かを、まちづくりの立場で考えるということになるだろうか。われわれは技術的背景をもって最良の解と思われるものを振りかざし、住民の考えを変えようとしていないか。

 本書を通して感じることは、これは多様な価値観をもった人々が存在する社会で「多様な人々とより良き関係をもちながら生きるトレーニング」ではないかということである。
 その一方で小山は、学生は自分の価値観と対峙せざるを得ないといった厳しい側面があり、過去を振り返ることによって危険なこともあると自ら指摘している。私はこの場面で自分の学生をきちんとフォローできるだろうかと考えた。

 最後に、もう一つの視点「援助のされ方」で再出発しようと小山は自ら宿題を科している。別の立ち位置から、これまでの論と実践を評価してみたいという思いがあると思う。いや、今以上の発見があるかもしれない。こうしたわくわく感を残して本書は終わる。
 なお本書を読み解いていくうえにも、索引が必要であったと思う。私は自分で作ったので。
では。     とっぴん ぱらりの ぷう。

(書評「福祉のまちづくり研究」日本福祉のまちづくり学会、2015年3月)
〈編集後記〉
日本は優しい人々の国か
 交通工学研究会という学会で、昨年「公共交通車内における迷惑行為と移動の幸福感の国際比較」(2013年大森ら)という研究が発表されましたが、驚くべき内容です。車内における飲食や飲酒、携帯電話の使用や子連れ、大音量のヘッドホン、席を譲らない、ゴミ放置などの20種類の行為について「迷惑だ」と思うかについて、日本、韓国、英国、フランス、ドイツ、スウェーデンの6か国で調査をしたのです。その結果、日本は他の5か国と比較すると、突出して「迷惑だ」とする率が高いのです。
 例えば一定の混雑時の車内ベビーカー利用は、日本では42.2%が迷惑としているのに、他国では10~20%程度です。じつは、それ以外の行為についても他国と日本とでは2倍程度の差があります。日本は世界でも突出して不寛容な国だったわけです。裏を返せば、日本人は「礼儀正しい」「マナーがよい」となるわけですが、こういう社会で鍛えられた?成果なのでしょうか。3月26日に、国交省は公共の場所におけるベビーカー使用を可とするマークを発表しました。こんなことすら国がお墨付きを与えないと、だめなんですね。
 少しでも自分の感覚から不適応なものを排除しようとするのが差別だとしたら、とても恥ずかしいのですが「差別解消法」はどの国よりも必要性が高く、また実施に困難を伴う国であると私は認識しました。決して優しい人々の国ではなかったのだと。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会2014年4月)
〈編集後記〉
技術専門職の出番
 6月末に閉幕した通常国会において、「障害者差別解消法」が衆参両院全会一致でようやく成立しました。さて、最近まで「土木・建築分野の人々が考えていること」を連載しましたが、そこでもふれたように私たちにはたいへん大きな関心事です。といっても、ユーザー視点なら「どこまで法律で実施できるか」でしょうが、立場をかえると、合理的配慮とは「どの程度まで実施しなければならないのだろう」という不安になるのです。それがこの法の制定をきっかけに徐々に具体化してくるという期待、そして不安をもつ人たちも少なくありません。
 本来なら私たち(土木・建築分野の人を含む福祉の技術専門職)は、自分たちの技術をもって、この法律をバックに差別に立ち向かう主体であるべきと思っています。
 せっかくできたバリアフリー法も、有効に機能しないことがあるのは、この法が単なる強制力がある技術指針と考えているからでしょう。差別解消法も、技術指針と捉える見方があります。しかし、この法ができるに至った経緯を知れば、法律自体が私たちに「自分たちでその範囲と内容を考えて」行動すべきことを課題として突きつけている、画期的なものと考えています。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2013年7月)
〈編集後記〉
バリアフリーはあたりまえなのか
 建築学科の学生に、設計する建築やまち、製品に、なぜ平等な利用が保障されなければならないのか、私がきちんと説明できずに暗たんとしています。
 社会福祉系の先生に、「この問いへの合理的な説明を求められて困っています」と言いうと、「それはあたりまえなんだから、若い学生には体で覚えさせなきゃ」と、あまり参考にならず。
 最近話題のマイケル・サンデル氏の別の著書に、人の能力、成育環境の違いはまったく本人の制御できないところであり、したがって自分が現在のような人であることは偶然のことである。そこから相互扶助の考えが生まれてくる、といったことが書いてありました。著書では、人工的に生命を制御する技術を否定する根拠として述べられています。なるほど。
 しかし待てよ。私が学生のときに先輩が「みんなもいつ障害者になるかわからないんだから」と説明したら、障害当事者が「これを障害者支援の理由にすることは筋違い」として、その場の雰囲気が気まずくなったことがあります。ノーマライゼーションの父、バンク・ミケルセン『難しく考える必要はない。自分が障害者になったらどうしてほしいかを考えればすぐにこたえはでる。』これじゃあ、今の彼らにはだめなんですよ。
 本誌連載「制度改革」は、この答えをみんなで考える、よい教材になりそうで期待しています。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2012年**月)
〈巻頭言〉
機能維持や教育・訓練は無意味ではありませんが
 この挑発的なタイトルは、ぜひ注目いただきたかったからです。唐突ですが、みなさまの高齢者や障害者の住宅環境整備における基本的考え方は、次のどちらでしょうか。
1. 身体的、精神的な機能維持の観点から、段差などのバリアは完全になくさないで、ある程度残しておくべき
2. 転倒したとき、その後の結果は著しく本人の生活の質を悪くするので、少しでもそうしたバリアとなる危険要因は除去しておくべき
 高齢者等への住宅改造をチームで担当したり、そうした専門職の集まりに行くと、こうした根本的な考えが異なっていることがわかります。興味深いのはリハビリテーションに関連する幅広い職種内においても、こうした異なる考えの方が存在することです。私は、この根本的な問題を議論することなく、改造案(リハビリテーション計画の一つ)が示されていくのはたいへん不思議な光景と常々考えていました。

 過去に、この議論の場があったことを覚えています。やっかいなことにお互い意見を言い合っても、自分とは異なる考えに変わることは、ほとんどないように思いました。私なりに考察すると、その人が若いときに受けていた教育、もしくは初期の頃、実務でどのような考えの人と接触していたかが大きく影響するように思います。これは、対象者をどのような「人間モデル」として見るかが、この時点で私たちに形成されるのではないでしょうか。

 工学の分野では「ヒューマンエラー」ということばがあり、「人間は必ずミスをおかすもの」という前提でものづくりをすべきということが古典的な教科書にあり、現在まで伝えられています。私は日頃から子どもの日常事故は、安全教育や危険を危険と判断できる能力を身につけさせても減らないと考えていました。私たちが行った、ある小学校における生徒とその保護者を対象とした調査では、1.危険を予知できる能力と、その者が実際に事故を起こす頻度には関係がない、2.こうした予知能力の有無にかかわらず、幼少時に事故頻度の多い子どもは、現在も同様であるという結論を得ました。みなさまは、この結果について受け入れがたい方も多いと思います。

 現在、家庭内の事故で死亡する人は、年間一万二千人台となっています。交通事故が七千人台ですので、なぜ社会問題化しないのか不思議に思っています。そして、この家庭内事故は、戦後から現在までいっこうに減っていなかったのです。この事実を見ただけでも従来の対策や安全教育への効果は疑問視されるべきだったと思います。ところが減らなかった事故がここ7~8年でなんと20~30%減少(人口10万対人数)しているのです。たとえば、自宅階段における死亡は、私が学生の頃の1970年代から最近までずっと年間700~800人でしたが、今は500人以下になっています。ここ数年、高齢化は進んだにもかかわらず、なにが起こったのでしょうか。私の仮説ですが、まず2000年の建築基準法の改正で住宅内階段の手すりの設置義務、さらにここ数年でいわゆる民家型の古い住宅が建て替えられていて、結果的にバリアフリー化しているということです。バリアフリーを段差解消といった狭義で見ると、現在約半数の住戸はバリアフリー化するに至っています。
 私たちは、一人ひとりの生活の質を維持していくこと、そして生命を守るという重大な責務があります。これを果たすために、効果的と思われる物的な環境整備をみなさんの専門領域において、ぜひ喫緊に解決すべき課題として考えていただければと思っています。

(巻頭言「総合リハビリテーション」、医学書院、2012年**月)
〈編集後記〉
製造物責任と社会的合意
 震災による原子力発電所事故において、関係者が口にする「想定外」ということばに批判が集まっています。私は、想定とは設計条件を定めた「仕様」のことだと理解しています。じつは、このことばはこれまでにも「仕様にない」とか「仕様を超えている」といった表現でよく使われ、消費者から批判の的になっていました。たとえば、消費者からしてみれば、その製品や建築物について、当然その程度の(安全)性能をもっているだろうと考えていることが実現できず、「これは欠陥ではないか」とメーカーに言ったところ、お客様相談室からはそのことばが返ってきます。
 あくまでも例ですが、車いすにたいへん体重の重い人が乗って壊れた場合、コンパクトベビーカーに子どもが2人乗せて壊れたなどです。じつは、この判断は製造物責任法や、近年制定された消費者法などもからんでいて、メーカーがその仕様を大きく表示し、消費者に説明したとしても免責されない場合があるといった、物をつくる側にとって過酷な社会背景があります。
 ロボットでなじみの深いHONDAのASIMOやSONYのQRIOはなぜ製品化されないのか。ある雑誌によると、それらが高齢者や子どもがいる一般家庭に入ったときに、どのような扱いがされ、それによってどのような事故が起こるのかが予測できない。よって、製品として投入できないということです。
 福祉機器は、ロボットに限らず、こうした側面が大きいのだということを、今回あらためて知りました。藤江氏らによれば、どの程度の性能と安全策が必要かという社会的コンセンサスが得られていないという指摘は、商品として未熟な分野とも考えられます。「仕様」が決まらないなら設計もできないということです。私たちは、こうした責任を「企業倫理」の名の下で、一部の人たちに押しつけていなかったかと思います。
 しかし、この社会的合意とは誰のなにによる判断で決めるのか、難しいですね。おそらくここに工学以外の政治的な判断が入ってくる余地ができてしまうのだと思います。福祉機器には、生活範囲の拡大といった大きな役割があり、その評価とともに経済コストに関係する安全性の議論が、工学系の人だけでない、もっと利用者サイドの視点でも高まるべきとあらためて思いました。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2011年*月)
〈編集後記〉
なぜ逃げなかったのか
 4月上旬に、まだガソリンも食料も不足している宮城県石巻市などを日本福祉のまちづくり学会調査団として訪れました。
「てんでんこ」ということばがあることを現地で聞きましたが、帰京するとマスコミでも扱われていました(岩手県あたりのことばだそうです)。津波のときは、逃げられる人はその場ですぐ逃げる。家族はお互いを気づかうことなく、てんでバラバラに逃げる。ということだそうで、互いに気遣って逃げ遅れると共倒れになるから、助かれる人だけでも生き延びるべきだという、津波に対する厳しい現実を言い伝えたものだと思います。
 岩手県内の小学校では、教室から「てんでんこ」で、みんなそれぞれに裏山に逃げて全員たすかったという報道もありました。これは「表」をあつかった報道だと思います。

 学校や福祉施設でも、多くの教員・職員が亡くなっています。最後まで高齢者のそばを離れなかったという、高齢者施設職員のことを伝えた報道もあります。「この人(施設職員)は、なぜてんでんこしなかったのか」という学生の指摘に、ことばもありません。
 実際「てんでんこ」して、たすかった教員・職員はいたのではないかと思います。その人は、周囲の人々からどういう扱いを受けているのかが気になります。
 本誌の読者は、私の一文に不快感を覚える方も多いと思います。
 帰京後調べると、3月頃までの新聞報道では学校や福祉施設で亡くなった人の数に、教員・職員は入っていないことがわかりました。大新聞社は、なぜこのような扱いをしたのでしょうか。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2011年6月頃)
〈書評〉
福祉工学
著 者: 依田 光正、他
出版社:  理工図書   発売日: 2011年2月19日初版  価 格: 2,940円
 「福祉工学」全般を一冊で扱った「教科書的」な書籍は、ありそうでなかったですね。最近やっと登場しました。さっそく飛びついた方も多いと思います。多くの教育機関で教科書採用されるものと思います。なにせ唯一無二です。他に選択肢がないのです。
この種の書籍企画の難しさは、読者対象の設定にあります。限定すれば書きやすいし、読者ニーズも的確に満たせる。しかし、発行部数が少なくなります。対象を広げれば内容の焦点は定まらず、散漫な内容になりますが、出版ビジネスとしては成り立ちます。
 本書の冒頭に、想定読者対象者が書かれていて、後述のようにたいへん広いのです。これは著者らの望んだところではないかも知れません。こうした背景の著書を正面から評することは、著者らにとっては本意ではないと思います。
しかし、お役目です。さっそく本題へ。

 対象者の一つは「工学系の学部もしくは医療・福祉分野の学生のテキスト、参考図書」です。教科書として使用するなら、教壇に立って自分の執筆以外のところを講義してみればその評価は一目瞭然です。
 突然話しかわりますが、私は共著により建築計画の教科書を執筆したことがあります。いくつかの章は自分の専門でもないのに、割り当てられました。ところが教えるほうからは、これが私の得意分野の執筆内容よりも、評判がいいのです。本書を読んで、そのようなことを思い出しました。

 読者は、いきなり制度の用語、医学用語、そして制御工学の用語、そして電気回路図、計測グラフや波形…にさらされます。専門とする著者から見ればこんな用語やその意味は当然知っているものとして論を進めています。例えば「デシベル」って何?と聞かれてしまったら、限られた章の中で、執筆は一歩も進められないのは理解できます。しかし、その分野では共通理解となっているであろう概念図やグラフ、表などが、誌面の関係か説明不足で専門外の者はとくに理解しづらいのです。
 まとめると、初学者が本書によって独学で勉強していく目的ならお勧めできません。教員が各章をていちょうに説明しながら進めていく必要があるからです。しかし本書の各章の内容を、前提となる用語からきちんと説明できる教員はいるのでしょうか。私は、無理と思いました。

 続いて対象読者「卒業研究や学位論文を書く学生が基礎的な研究専門書」、「医療・福祉分野の専門家の基礎的専門書」となっていますが、「基礎的な専門書」ってなんだ、と不可解な日本語へ突っ込みをいれたくなります。しかし各章数ページの内容では、専門書としての内容が期待できないことは、言うまでもありません。章によって、参考文献が多く示されているのは、とてもよいですね。

 もっとも本書の読者にふさわしいのは誰か、を考えてみました。著者らの所属しているであろうリハビリテーション工学協会や、ライフサポート学会、そして日本福祉のまちづくり学会の会員かも知れません。それらの会員は、広くある程度の基礎的知識を持ちあわせているものの、学際的な交流では、あの人は何をしているのか、知らないままのおつきあいも少なくありません。それがなんとなくわかったような気になれるからです。

(書評「福祉のまちづくり研究」日本福祉のまちづくり学会、2011年**月)
〈交通論壇〉
ノーマライゼーションと公共交通
・ノーマライゼーションと公共交通
 最近のベビーカーは、数年前のものと比較してデザインが洗練されているばかりか、大型化していることに気づく。
 1960年代に北欧で始まったノーマライゼーションは、北欧、中欧をはじめとした各国に広がり、今日のバリアフリー環境の礎を築いた。それにより施設や病院の中での生活を余儀なくされていた人々に、社会参加の機会が与えられたのである。そこでもたらされたバリアフリー化は、単に生活が利便になったという表面的なことだけでなく、活動範囲の拡大、そして学校や職場に通えることにより、教育をうける、就労するなど、まさに人間として生きるあらゆる権利獲得の基礎となったのである。
 北欧では、バリアフリー整備が進むにつれて車いすも電動化し、さらに大型化による高機能化によって、利用者はより障害が重度な人が、早く便利に移動できるようになった。まさに、環境が人間の生活行動そのものを変えていったのである。

・双方にとって未経験なベビーカーの公共交通利用
 わが国も、旧交通バリアフリー法施行後、急激に障害者や高齢者の行動パタンが変化してきた。ことに2010年を期限とした主要駅等へのエレベーターの設置がここにきて、ある一定の整備率になってきた。それを待つように、爆発的にベビーカーの外出行動が促進されたとみている。電車、バスに乗れるようになった今日、高機能で大型の欧米製品が輸入され、利用されるようになった。ところが交通事業者にとって、ベビーカー、それも大型のものが一時期に大量に出現するとは想定していなかったであろう。それによる車両乗降時の事故、移動時の他人への加害、乗車マナーの問題が噴出し、旅客車両内のベビーカーをもって「傍若無人」とまで言われるありさまである。しかし公共交通におけるベビーカー利用は、わが国ではかつてだれも経験していない生活行動であり、ベビーカーの安全利用もマナーも、親から子世代へと伝承されていない。

・公共交通の使い分けが顕著に
 このように、外出行動に戸惑いをみせながらも、こうした社会インフラの整備によって、積極的に外出するという意欲の高い親が出現したこともたしかである。
 子どもやその親を支援する「子育てタクシー」も、全国に広がりをみせている。これらの事業は、タクシーの「バリアフリー化」に一石を投じた事業であると考えている。それは、鉄道やバスなどの拠点間大量輸送を目的とした、公共交通機関とは異なった役割があろう。タクシーは、これまでこうした交通機関を利用できなかった人たちが利用するものであった時代から、これらのサービスと比較・選択される時代に入ったといえよう。こうした鉄道、バスなどの社会インフラ整備が子づれによる外出行動を促進することによって、タクシー利用はそれによって増加することはあっても減少することはないであろう。地域内の拠点間の日常移動の足として、どのようなサービスが必要か、これは利用者である親にも今まで親世代が経験したことのない新しい行動であり、よくわからないことが多い。タクシー事業者が、地域に合った、隠れた親のニーズを掘り起こし、先手を打ったサービスができればその市場は大きいものと考える。

(ハイヤー・タクシーの専門情報誌「交通論壇」交通論壇社 2009年)
赤ちゃんのための事故予防ガイドブック  子どもと楽しく過ごすために気をつけておきたいこと
住宅内事故を防ぐ
 「危険を予知できれば、危険を回避できる」「子どもは遊びの中で危険を学ぶ」「けがをすることで危険を学び、危険回避能力が高まる」「活動的な子ほど危険回避能力が高い」
 みなさんは、納得されていると思います。しかし、最近私が小学生を対象に行った調査では、これらは否定されるか、一概にいえないという結論を得ています。危険予知ができることと、実際に事故を起こすことの間に関連はありません。子どもは、わかっていてもやってしまうのです。そして、事故を起こしやすい子どもは少なからず存在しています。そうした子どもは、たいへん活発でよく動き、木登りなども積極的にやります。そうした事故に遭う機会が多いと事故に遭ってしまうという単純な関係があります。バリアフリー化した環境に住む子どもは、たしかに事故回避能力は低いようです。しかし、確実に事故に遭う率も低いのです。
 ここからわかることは、子どもは安全教育や事故経験を積ませることによって事故を減らせるという効果を過信しないことです。事故に遭うものが存在すれば、子どもは必ず事故に遭うのです。
 これを裏付ける事実があります。子どもの家庭内事故による死亡事故はずっと減っていない。今も横ばいである。今でもそのように言われていると思います。ところが2000年代に入った頃から急激に減少し、7~8年の間で20~30%も激減しているのです。これはなぜなのでしょうか。
 2000年に建築基準法が改正され、新築の戸建て住宅には、階段に手すりを付けなければならなくなりました。また、これまで自主的に手すりを付けると、階段幅が少なくなって建築基準法違反になるという状況も改められました。もう一つは、古い民家型の家などが、ここにきてどんどん建て変わっています。2008年時点で、建築後28年未満の比較的新しい住宅が全体の6割にも達しています。新しい家は、標準でもバリアフリー化していることが多くあります。手すり、段差のない屋内、十分な通路幅、これらをバリアフリー3点セットと呼んでいます。住宅・土地統計調査によると、手すりのみならば39.8%(2003年)とずいぶん多くの住宅に取り付けられるようになりました。さらに最近48.7%(2008年)と大きく増えています。住宅内階段で亡くなる方は、ずっと毎年700~800人でしたが、少し前の統計では、500人を割っています。
 子どもを事故から守るのは、子どもの周囲から危険要因となるものを取り除くことしかありません。しかしそれがもっとも効果的な方法と考えています。

(赤ちゃんのための事故予防ガイドブック  子どもと楽しく過ごすために気をつけておきたいこと
監修:八藤後 猛 取材協力、発行 日本コープ共済生活協同組合連合会 2009年2月1日)
〈編集後記〉
 ベビーカーがまちに出てきた
 北欧では、1960年代にバリアフリー化が進展し、まちに電動車いす使用者が多くなり、1980年代には大型化、高機能化していきました。手動車いすを操作できる人も、早くて楽に動ける高機能車いすに移行したのは当然です。私は「環境が変われば、人間の行動や選択も変わる」と確信しました。
 さて、わが国でも駅のエレベーターを、都市部では多く見るようになりました。とくに休日にベビーカーが地下鉄に乗っている姿はこれまでになかった光景です。それも従来のコンパクトなものから、ここ1年くらいの間に、大型化した三輪、四輪のかっこいいベビーカーが多くなったように思います。少子化の時代にもかかわらず、わが国では歴史始まって以来、かつて経験したことがないくらい多くの子供たちとベビーカーが、都心に出てきています。
 その結果、安全使用やマナーについて、だれからも伝承されることはないまま使われています。そのため、鉄道駅によるベビーカーの事故が増加し、鉄道事業者側も車いすとは異なった未知の仕様に対応技術が追いつきません。また、下りのエスカレーターにも前向きに乗せているなど、大きな事故がなければと思っています。
 1970~80年代には、駅や踏切、エスカレーターなどで車いす使用者の事故が多くありましたが、それらは多くの犠牲のもとで技術的解決と利用者への注意喚起が今は生きていると思います。こうしたことを伝承されている私たちが、先輩として新しい仲間に、ときには苦言を含めて伝えることは、市民としての役割ではないでしょうか。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2008年6月)
〈会議、イベント報告〉
第24回国際社会福祉機器展をみて(1997年)
■はじめに
 今年の国際社会福祉機器展は、(1997年)10月15日から17日までの3日間、東京国際展示場「東京ビックサイト」(有明)において430団体・企業の出展によって行われた。この、わが国最大の福祉機器展は、すでに24回目の開催となっていて、最近ではサービス提供者側だけでなく、ユーザー自身の参加も目立って多くなり、あらゆる立場の人々にとって欠かせない情報収集と参加企業との交流の場となっている。このたび、今年の機器展について報告する機会を与えられたため、その概要と最近の特色等について報告するとともに、私見を交えた機器展に関する考えを述べたい。

■トピック
 今年度についても、全般にはここ数年の傾向と大きく変わるところはなかった。しかし、最近は、視点そのものが主催者が意図しているかどうかは別としても、全体に「衣食住」最低限の生活を維持していくのに必要な機器から、情報・通信、移動、そしてレクリェーションといった「生活の質」の向上のための機器が目立って多くなっている。
 コンピュータ・アクセスに関する機器については、その完成度はさまざまであるものの、ここ2~3年において、製品としては現段階で考えうるものは、ほぼすべて出揃ったといえよう。四肢まひ者のためのさまざまな種類の入力用ディバイスや、視覚障害者のための光学式読みとりによる読書器、Windows使用時の画面情報の読み上げや操作のサポートなど、わずか15年ほど前には概念でしか存在せず、10年前には開発費数億円という研究成果の展示というかたちで行われていたものが、ユーザーの手に渡るようになったことを目のあたりにした。さらに、一般のコンピューターショウのように購買意欲を高める展示効果にも十分配慮してあり、新たな利用者層の拡大に機器展が大きく貢献している。
 同様に、ここ数年で商品化への開発スピードに目をみはるものは自動車関係である。会場のもっとも目立つ場所に展示スペースも大きくとられていることから、需要としても十分に期待できるのであろう。とくに、わが国ではこれまでなかった重度四肢障害者が電動車いすの操作とほぼ同様の感覚で、自分自身が運転できる自動車が商品として展示されていた。国内のナンバープレートをつけた状態で展示されていて、今すぐにでも重度障害者が単独で遠方まで移動できる可能性を大きく広げたものである。まさに電動車いすの商品化以来の画期的なできごとといえよう。
 住宅関連ではこれまで高価であったこと、取付工事等が大がかりといった理由で敬遠されがちであった家庭用エレベータの他、昇降機、リフト等の家庭内昇降機が多くみられるようになった。ユーザーサイドもようやく複数の商品から選択できるだけの種類が揃いだしたといえよう。このことは住宅用エレベータを例にあげるまでもなく、品質の向上と価格の低下が、ここ1~2年で明らかである。スペースに制約の多い、わが国の住宅ではこうした昇降機関係のニードは、今後も拡大していくであろう。しかしながら、昇降機類は住宅部品としてはまだ成熟したものでなく、一部の機器をのぞいて認定などの安全面のチェックはメーカー任せになっている。したがって、価格が安く、取り付けやすいという部分を優先して、魅力ある商品としているものの、安全面の配慮が十分でないと感じられるものも散見された。

■機器展の今後への期待
 上記のような問題点は、機器展そのものが固有にもつものではない。しかし、この場所における展示がユーザーに対して影響力が大きいこと、今後自動車や昇降機等の大型設備・機器が福祉機器の範囲に多く含まれるようになることを考慮すると、いずれ機器展においても対応を求められるのではないかと感じた。
 12年ほど前に参加したヨーロッパにおける福祉機器展の報告をした際は、生活の質を高める脱生活機器が多いこと、ユーザー参加によるものが目立ったこと、そして機器情報の効率的な提供とそれをもとにユーザーの選択の余地が大きかったことを述べた。これについては今年の福祉機器展において、すでに十分に満たしていると考えられた。
 会場で買い求めた「国際福祉機器展(H.C.R.’97)最新福祉機器カタログ集」と「福祉機器企業要覧」は、参加企業の主だった製品が網羅され、新製品などを見つけることができる。編集にあたっては、たいへんな労力が注がれているものと思われる。インターネットによる情報提供も多く感心していたが、まだアクセスできる者はわずかなこと、視覚障害者への情報提供の手段についても検討されるべきかと考えたが、当事者からの要望はどれほどのものなのかが気になった。
 展示会では、機器情報については、むしろ一見情報過多ともいえるほどであるが、ユーザーが選択の基準とできるような視点からの情報はあまり提供されていないと考えられる。なにを選択し、なにを排除すべきかが、ユーザーの意識も成熟してきたことからいずれ強く求められてくるであろう。最終的な判断は利用者によって行われるということを前提としても、適切な技術情報として身体面の適応情報(どのような障害の人が利用対象か)、技術面の情報(安全か、どういうところに取り付けられるか)、効果に関する情報(どれだけの効果があるか、あるいは効果が未知であるか)などを得られる場として機能されることが望まれよう。
 社会的にも福祉機器のニーズは高まってきている。今回も、こうしたニーズに応えるための機器が多く展示され、メーカー相互間においても、新しいニーズと技術を獲得する機会として利用されるといった、もう一つの役割があることを感じた。

(掲載誌不明、掲載1998年1月頃)
リレーエッセイ
福祉のまちづくり考(その2)
 私は、第一回の小山聡子さんによる問いかけ、「誰が」「何を対象に」「何をする」を具体的に考えてみました。

<北欧の風景>
 2007年夏はじめて北欧に行ってきました。4カ国いろいろな都市で、鉄道駅や地下鉄では、あたりまえのようにずっと昔からある年季の入ったエレベーターが付いていて、「さすがに歴史が違うな」などと感心することしばし…。しかしそこで見る光景は、電車がホームに着くと、はじめに飛び出してくるのはベビーカーの集団です。すごいスピードで、エレベーターへまっしぐらに進みます。そのあとを、杖を使った高齢者や車いす使用者がゆっくりと列の後につきます。最後の電動車いす使用者がエレベーターに乗れるのは3~4巡くらい後でしょうか。私はそれをみて、日本ではあり得ない光景だと思いました。私も経験があるのですが、そういう人々が自分の後ろにいるのは、なんとなく居心地が悪い。つい「お先にどうぞ」とか言ってしまいます。しかし、これらの国では障害をもつ人を社会の弱者と決めつけない、ある意味「ノーマライゼーション」が到達した社会とはこういうものなのかと、そのときは感心しておりました。
 ところが、ストックホルム市の地下鉄では、駅の階段に、階段と同じ傾斜で2本のスロープがつけられています。スロープの金属材料や固定されているモルタルが新しく、つい最近つけられたようです。この危険な?スロープを使って(赤ちゃんがこぼれそう)ベビーカーは、上下していきます。これはつい最近、駅などの公共交通機関のエレベーターからベビーカーが排除されたことがわかりました。わかりやすくいうと、のさばりすぎたということでしょうか。
 日本に帰ってから、本学会の交通問題に詳しい方にこれを話したところ「日本でもいまから検討したほうがいいかもしれない」と言われました。でも私は、違う考えをもっています。ベビーカーは、いろいろな意味でこうした環境整備の牽引役になっていると思います。最近の鉄道車両のドアにベビーカーがはさまるという複数の事故も、対策が後手にまわっています。車いすでも起こりうる事故の先陣をきってもらっているとも思えます。ストックホルムのようにしなければならない事態が起こるような、むしろそんな社会を目標にしてもいいのかなと思っています。

<環境が生活スタイルを変える>
 じつは、環境整備と利用者側の装備は関係があることがわかっています。北欧などでも1960年代からこうした社会インフラが整備されると、電動車いす使用者が多くまちに出てくるようになりました。また必ずしも上肢・体幹障害がない人も、外出時には、便利で早く走れる電動車いすを使用しています。電動車いすも、わが国のものと比較して、はるかに大型で重装備化しています。
 ふり返ってわが国の場合、つい最近まで赤ちゃんは、おぶったり抱っこしたりして外出するのが普通だったと思いませんか。育児雑誌にも「前抱っこがいいか、おんぶか」といった話題が紙面を賑わせていましたが、今はそんな話題はありません。かわって、欧米から輸入された大型のかっこいいベビーカーが紹介されています。わが国では旧交通バリアフリー法の制定によって、急激に公共交通機関が整備されてきました。つい1~2年前、外出は抱っこか折りたたみの小さなベビーカーであったのが、がっしりした3輪、4輪のものも多く見かけます。子どもは歩いていて、ベビーカーには買い物したものが山のようにあふれている光景もよく見ます。
 これも本学会員からの話しですが、最近外国製の中型犬用キャリーを買って、電車に乗っているそうです。他の乗客が赤ちゃんだと思ってのぞき込むとびっくり!という光景が想像できます。ハードの整備は、数年で私たちの生活スタイルを変え、そしてもっと変わると思います。

<まちづくりと対象者>
 「自分が、いまここで必要だと思ったら利用してもいいんだよ。」これは、公共交通機関のシルバーシートや駅のエレベーターについて、筆者が若い大学生に言っていることです。とかくこういうところに若者の姿があることについて揶揄されています。しかし、夕べ徹夜した、飲み過ぎたなどで体調の悪いとき、こうした社会資産は自分の判断で使用するものであると考えています。「エレベーターは、君が必要な事情があるなら、高齢者や車いす使用者は、君の後ろに並んで利用してもいいんだよ。」
 みなさんはびっくりされるかもしれませんが、本人の身体的・精神的状況が、他人からはわからないことは多くあります。知られているところでは内部障害者、妊娠初期の妊婦などですが、こうした人たちが、なぜ自らの身体にマークをつけてまで、自らの立場をアピールしなければならないかを考えてみてください。ユニバーサル・デザインが「特定の人に特化したデザイン」でなく、共有の社会資産であるなら「自分たちこそが、いつでも優先されるべき対象者である」という思いこみは平等な社会ではないと思います。
 最近、より利用対象者を広げた「だれでもトイレ」が出現しています。ベッドも設置され、より多くの人々の利用が期待されています。しかし管理者は、喫煙や、段ボールなどを持ち込んで寝泊まりする者を目的外使用として、鍵をかけたりして利用者や時間を制限しています。しかし、それ自体がいつでもどこでもというデザイン思想を否定していることは明確です。
旧建設省時代のある会議で委員の一人が、高校生のカップルが、こうしたトイレからなかなか出てこないことがあるのを目撃するので、管理をしっかりしてほしいと声高に主張され、一同、静まりかえったことがあります。私は、そもそも公共トイレは、誰にとってもできれば使いたくないものですが、やむを得ず使う「社会的シェルター」としての役割があると思います。寝泊まりする人も、高校生のカップルも他の代替手段がなく、やむにやまない事情があって緊急避難的に「社会的シェルター」を利用したとも考えられるでしょう。つまり「目的外使用」はありえないということになります。

 若い学生が、自分もこうした社会資産を使用する資格のある対象者であることを認知すれば、誰がまず使うべきなのか(優先を考える感性)、いま社会で何が必要なのか(環境整備への取り組み)を真剣に考える機会が増えると思います。
 ノーマライゼーションとは、もしかしたらこれらを容認する、成熟した大人の社会で成立するのではないか。われわれにその器があるのでしょうか。

<これからどうなるんだ>
 こんなことを考えていた2007年秋、わが国の駅のエレベーターに若者やベビーカーの後ろに、車いす使用者が並ぶという「北欧の風景」を目撃し、ショックを受けました。ある会合で電動車いす使用の方に「こういうことってよくあるんですか」と聞いたところ、「しょっちゅうですよ」と即答されました。わずかの間にわが国でもノーマライゼーションが進展?したようです。
しかし、もし許されるなら規制をかけず、この光景はしばらく続いてほしいと思っています。せっかく社会資産となった設備を、特定の人の使う物に戻したくないのです。これが私のブログなら、この後炎上することは必至でしょう。

(リレーエッセイ「福祉のまちづくり研究」日本福祉のまちづくり学会 9(2), 51-52, 2008
〈報告〉
日本障害フォーラム(JDF)
JDFセミナー 「障害者権利条約と国内法整備」
 2007年12月6日、東京中野サンプラザにおいて行われたフォーラムのうち、午後に行われたパネルディスカッションをレポートする。コーディネータとして司会を務めた藤井克徳(JDF幹事会議長)は、このシンポジウムを権利条約の本質をみきわめ、批准によってどこを変えるのかを議論の視点としたいと宣言した。
 平野みどり(熊本県議会議員/DPI日本会議副議長)は、子どもはそもそも地域に属するという理念を前面にあげ、そのために地域の学校にインクルーシブな教育は存在するものであり、それを担保する権利ベースの「合理的配慮」が求められるとした。

 大久保常明(全日本手をつなぐ育成会常務理事)は、障害概念は、ICFの障害分類に基づき、環境因子との相互作用から「活動の制約」が生じていることを知的障害者においてもあてはまることを初めに掲げた。自立支援法をあげるまでもなく、隔離、限定された場所におけるサービスでは、条約のいう「地域で生活する自己選択」の実現はできないとした。条約では一般教育制度から排除されないとされたことが、文科省では特別支援教育がこれを実現するものといっていると指摘。しかし具体的根拠が示されていない以上、普通の学校は無理と暗に言っているも同然であり、特別支援学校はその存在は条約に適合しないと主張した。
 雇用においては、「除外率」は確たる根拠もなく続けられていると強く述べ、障害者を社会に近づけようとさせる施策は重度な人を排除している。条約は社会が障害者に近接する、すなわち雇用の創出のような配慮が積極的になされること、これは一企業の問題でなく社会の責務であることを強調した。なお大久保は、現在の雇用政策について一般就労の定義が狭いこと、最低賃金除外の問題といった根本的な問題が山積したままのことを後に指摘している。
 このあと藤井は、条約の(政府からの)仮訳は、閣議決定の根拠となっているが、低レベルの誤訳や、条約の効力を薄めるような意図的誤訳があることなどを指摘した。これは、東 俊裕(JDF権利条約小委員会委員長/元権利条約特別委員会政府代表団顧問)も、とくに教育関連で意図的誤訳が散見され、現行教育制度がインクルシブなものであるかのように論を進め、国内問題をクリアしようとする意図について激しく抗議した。

 この後、「合理的配慮」に関する議論があり、たとえば条件の悪い位置に立地する小規模飲食店の店舗の例をあげ、これが障害をもつ者の入店を結果的に拒むことを是正することを条約では義務づけているかといった議論が展開した。大曽根 寛(放送大学教授)は、経営者自身も人権という絶対的権利があることを前提に、それをあえて制限することになるとすれば、障害をもつ人との人権とがせめぎ合い、どこで線引きされるのかが問題になるという。また、資本主義社会では、これが企業や株主の権利というものになるといった重要な点が指摘された。これに対し、藤井は賃金補てんのような何らかの政策で、政府介入が必要と述べた。

 まとめとして藤井は、「合理的配慮」には基準を設け、調停などの手段を確保したうえで、どう担保していくかなどが重要になっていくことを強調。東も、合理的配慮は1990年のADA法のときからのもので「いまさら」の感があるとし、権利条約はむしろプリミティブな行動規準にすぎず、いまだこの解釈が定まっていないまま批准への準備を進めているという現状を批判した。
 最後に藤井は、条約批准はあくまでも手段であり目的ではない、差別禁止法などの制定をバックアップするものであると認識して活動したいと述べ、シンポジウムをまとめた。
 なお、登場者の敬称は略させていただきました。

(報告「すべての人の社会」日本障害者協議会、2008年1月)
〈編集後記〉
 今夏はじめて北欧に行ってきました。
 4カ国いろいろな都市で、鉄道駅や地下鉄では、あたりまえのように年季の入ったエレベーターが付いていて、「さすが歴史が違うな」などと感心することしばし。そこで見る光景は、電車が着くとはじめに飛び出してくるのはベビーカーの集団。すごいスピードで、エレベーターへまっしぐらです。そのあとを、杖を使った高齢者や車いす使用者がゆっくりと列の後につきます。最後の電動車いす使用者がエレベーターに乗れるのは3~4巡くらいでしょうか。私はそれをみて、日本ではあり得ない光景だと思いました。また、障害をもつ人を社会の弱者と決めつけない、ある意味「ノーマライゼーション」が到達した社会なのかと、そのときは感心しておりました。
 ところが、ストックホルム市の地下鉄では、駅の階段に階段と同じ傾斜で2本のスロープがつけられています。スロープの材料や固定されているモルタルが新しく、つい最近つけられたようです。この危険な?スロープをベビーカーは、上下していきます。これはつい最近、エレベーターからベビーカーが排除されたことがわかりました。わかりやすくいうと、のさばりすぎたということでしょうか。
 日本に帰ってから、交通問題に詳しい方にこれを話したところ「日本でもいまから検討したほうがいい」と言われました。でも私は、違う考えをもっています。ベビーカーは、いろいろな意味でこうした環境整備の牽引役になっていると思います。最近の鉄道車両のドアにベビーカーがはさまるという複数の事故も、対策が後手にまわって、車いすでも起こりうる事故の先陣をきってもらっているとも思えます。ストックホルムのようにしなければならない事態が起こるような、むしろそんな社会を目標にしてもいいのかなと思っています。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2007年10月)
〈報告〉
『第30回総合リハビリテーション研究大会』をみて(報告)
総合リハビリテーションの30年とこれからの展望
1. はじめに
 総合リハビリテーション研究大会は、1977年に「リハビリテーション交流セミナー」として、広い意味でリハビリテーションに携わる、医療、教育、雇用、社会福祉、建築など、多くの分野の有志によって開催されたものです。当時リハビリテーションの専門職同士も、相互の情報交換の場もなく、それぞれが自分たちの狭い分野で、ある時には閉塞感を感じながら日々を過ごしていたと聞いています。私は、建築学科の学生だった第2回開催(1978年)において、当時、指導教員から「おもしろい集まりがあるから手伝いに来ないか」と言われて参加したときの印象が強く残っています。

2. 草創期の頃
 私は、ここでさまざまな分野の人々が抱えている問題を共有することを知り、その解決のためにはその分野の人々の努力だけでは、とても達成しないという、今ではあたりまえのことが話題になっていたのが強く印象に残っています。私にとっては、単に建築を勉強しているだけではバリアフリーは実現しない、また物的環境の整備が、利用者にとって教育や就労といった基本的人権行使の社会基盤になるという役割があることなどを認識しました。興味深いのは、後日、この場にいた人々に話を聞くと、それぞれの人たちが、問題解決のためには自分の専門分野がいかに重要な役割があるかを認識し、自分の仕事をがんばらなくてはと、思ったと言っています。
 しかし個々の話しでは、電車やバスに乗車できない、学校で受け入れてくれない、レストランでの拒否といった、社会において人権意識もあまりなかった時期だけに、その問題は現代とちがった深刻なものがあり、暗い話題が多かったように思いました。しかし、多くの人々がこうした現実を語り合い、「私たちは一人ではないから」を合い言葉に(少なくとも私にはそう見えました)これから自分たちがなんとかしなければならないという、強い意志を持ってセミナーを後にしたのではないかと思います。

3. そして30年を迎えて
 そのような時期からかかわってきた人々にとって、30回(30年)は感慨深いものがあると思います。当時からのキーパーソンの一人であった上田 敏(日本社会事業大学 客員教授)は、基調講演の中で、セミナーはやがて本人、家族へとの交流の場になっていったことをふり返りました。そして国際障害者年(1981年)前後において、国民の障害者へ対する見方が大きく変わったことなど、30年の間に起こったさまざまな出来事が今日の社会をつくっていることをあらためて思い出させました。この間、セミナーはリハビリテーション研究大会に名を変えていきましたが、筆者は当初から「専門家の交流会」という色合いが強かったように思っていました。その後、1980年代初頭にわが国に広まっていった自立生活運動をはじめとした運動では、「当事者の自立」「当事者参加」がキーワードとなり、ときには専門家不要論へと発展した時代だったと思います。もちろん、専門家も変わらなかったわけではありません。リハビリテーションサービスということばが広まり、障害者へのサービスは「保護ではなく自立への支援」「自己決定を支援する」ことが専門家の役割と認識されたのもこの頃です。上田は、このときのことを回想し、障害者インターナショナル(DPI)といった当時者が主張する時代となり、ややもすると専門家達はDPIに萎縮してしまった時期もあったと述べられました。これは、これまであまり表だって口にされることがなかったのですが、リハビリテーションの主導を障害者か専門家かといった議論と葛藤が過去にあったことを、きちんと総括されたことは立派だと思いました。
 また、30年の間に国際障害分類1980年(ICIDH)もICFの生活機能分類へと進化し、ICFでは障害を生活機能という側面に着目し、それらの阻害因子、促進因子となるものを見つけ出すという当事者を含めた関係者の協同をより明確にした概念が出てきたことなども特筆すべきことでしょう。また、上田は、リハビリテーションにおいては、個人因子として個人の特性、個性といったものを加味することを強調しました。これらは上田自身の30年の総括とみてよいと思いました。

4. 次世代につなげるために- 負の遺産は残すな
 藤井克徳(日本障害者協議会 常務理事)は、次世代へわれわれがなすべきことをテーマとし、これまでの障害分野の実態をきちんと見つめることこそ重要と主張しました。精神障害者の社会的入院やハンセン病患者への人権侵害といった、看過できない現象が30年間なにも変わっていないことをあらためて提起しています。そして、政策実現のための基礎データーがなにひとつないという現状、このように放置されたまま次の世代へ引き継がれる負の遺産を残さないことが重要と主張しました。
 こうした「変わらない30年」は松井亮輔(法政大学現代福祉学部 教授)も指摘し、1955年ILO勧告はすべての障害者であったはずが、その後その理念は実行されているか、一般社会における労働条件の改善なしに障害者雇用の改善はあるのかといった、わが国におけるすべての人々への労働環境が変わらないと障害者への就労問題は解決しないと強調しました。

5. 最先端の取り組みを繋ぐ そしてこれからへ
尾上浩二(DPI日本会議 事務局長)からは、障害者としての自身の生育過程から30年をふり返り、普通小学校に入ったときに、ここに来たからには特別扱いはしない、設備や先生、生徒への援助の期待はしないという念書を書かされたことが、今日の障害者の権利条約で言うところの「合理的配慮とはなにか」を考え、主張する伏線となっているという興味深い内容でした。
 就労の場においても、崎濱秀政(障害者就業・生活支援センター「ティーダ&チムチム」所長)は、アスペルガー症候群などこれまでの概念では対応できない人たちも出てきた(というより存在に気づいてきた)。さまざまな人々に、さまざまな場面の就労の機会をもってもらうための環境評価も取り入れているという。まさに、環境適応を求められていた障害者が、自らに合う環境づくりを求めているということが実践されているわけです。
 「自らに合う環境で」、といえば伊藤知之(浦河べてるの家)が特筆されるでしょう。そもそも、浦河べてるの家では、精神障害による幻聴・幻覚やそれによる妄想も、けっしてマイナスのものとしてとらえていません。もしそれを負の状況ととらえるのであれば、こうした感覚を持つ人はどうやって生きていけばいいのかと筆者は自分自身に問いかけるのです。それらは、周囲の人々や社会で共有するものであり、共有できなくとも共感することを求め、それにより解決策を見いだすことを求めているのです(目から鱗です…)。すごいのは、こうした妄想もイベントとしてしまい、その内容を競うというものです。私はもう何が何だかわからなくなってきました。
 障害がやっかいなもの、忌み嫌うものとは誰が決めたのでしょうか。やっかいなものを克服するプロセスから始まるリハビリテーションと、それを現実として認めて(ときには表彰してしまう)から始まるリハビリテーション。この違いがこれまでの30年、そしてこれからの30年のあり方を示唆するものとして、私の印象記の総括とします。なお、登場する方々の敬称を略させていただきました。

(報告「総合リハビリテーション」医学書院2007年**月)
〈編集後記〉
成熟した大人の社会
「自分が、いまここで必要だと思ったら利用しなさい。」これは、公共交通機関のシルバーシート、駅のエレベーターについて、筆者が若い学生に言っていることである。とかく若者の利用が揶揄されているが、夕べ徹夜した、飲み過ぎたなどでも、体調の悪いとき、こうした社会資産は自分の判断で使用するものであろう。「エレベーターは、君が必要な事情があるなら、高齢者や車いす使用者は、君の後ろに並んで利用してもいいんだよ。」
 本人の身体的・精神的状況が、他人からはわからないことは多くある。知られているところでは内部障害者、妊娠初期の妊婦などである。こうした人たちが、なぜマークをつけてまで自らの立場をアピールしなければならないかを考えてみればよい。ユニバーサル・デザインが「特定の人に特化したデザイン」でなく、共有の社会資産であるなら、「自分たちこそが優先されるべき対象者である」という思いこみは平等な社会ではない。
 そして「だれでもトイレ」の出現である。ベッドも設置され、より多くの人々の利用が期待されている。しかし管理者は、喫煙や、段ボールなどを持ち込んで寝泊まりする者を目的外使用として、利用者や時間を制限し鍵をかけている。それによって派生する、利用の問題点はよく知られている。旧建設省のある会議で、委員の一人が高校生のカップルが、トイレからなかなか出てこないことを指摘し、一同、静まりかえったことがある。
 私は、そもそも公共トイレは、誰にとってもできれば使いたくないが、やむを得ず使う「社会的シェルター」としての役割があると思う。寝泊まりする人も、高校生のカップルも、やむにやまない事情があって、緊急避難的に「社会的シェルター」を利用したとも考えられる。つまり「目的外使用」はありえないということである。
 ノーマライゼーションとは、もしかしたらこれらを容認する、成熟した大人の社会で成立するのではないか。われわれにその器があるだろうか。
 若い学生が、自分もこうした社会資産を使用する資格のある対象者であることを認知すれば、誰がまず使うべきなのか(優先を考える感性)、いま社会で何が必要なのか(環境整備への取り組み)を真剣に考える機会が増えると思う。

(編集後記「福祉のまちづくり研究」日本福祉のまちづくり学会、2017年9月)
〈編集後記〉
「ものわかりのよい」人々
 建築学科の教員という、編集委員の中では希有な立場にいるが、最近、学生の卒業研究や修士論文が、学内で正当に評価されていないため、気落ちすることが多い。テーマは、バリアフリーの視点からのまちづくりや、住環境、患者の在宅療養環境、施設内の居住環境評価など、多くの人々の生活環境向上に役立ち、社会的にも意義のあるものと思っている。少し前までは、学内においても「社会的にも意義あるもので建築分野にも貢献される」という評価を得ていたと思う。
 しかし、最近ではこうした結果が、というより研究そのものがなぜ必要なのかを、学内であらためて説かなくてはならない事態となっている。少し前から比べれば、関連法・制度も格段に整備されてきているにもかかわらず、私の周囲の感じ方は、まるで時代を遡っているようにすら感じる。こうした世の中の退行は、本誌読者であれば、日々体感しているものかと思う。
 自分たちの成果への評価がかんばしくないことをもって、「周囲の理解がない」とぶつぶつ言ってみたこともあるが、私の周囲は社会全体の縮図だということにも気づかされる。私たちの常識は、いまでも社会の非常識の部分があるようだ。自分のもっとも身近にいる職場の教員や設計者を納得させられないで、社会の無理解を嘆くことができるだろうか。これは、私が福祉系や教育系の学校で、いわゆる「ものわかりのよい」人々に囲まれていたら感じることができなかった経験かもしれない。

(編集後記「すべての人の社会」日本障害者協議会、2007年3月)
〈事故サーベランス講演録〉
住宅内事故防止のための建築安全計画
1.今までの研究を振り返る
 「家庭内事故」という言葉がありますが、親の監視の不備などソフトウェア的なイメージがあるような気がします。「住宅内事故」というともうちょっとハード面が強調されるのではないかと思い、ここでは「住宅内事故」という言葉を使います。
はじめに、子どもの事故と予防に関する既往研究をみると、工学分野ではほとんどないのです。ところが、育や保育分野における文献を見ると、多くが「従事事者によって防げる事故」、「事故の6割は母親の配慮で防げる」など、保護者への教条的ともいえる結論となっています。ひたすら人的なものへの警鐘に終始していることに驚いたわけです。

2.住宅内事故における責任についての保護者の意識調査
 工学分野では「ヒューマンエラー」ということばがあり、「人間は間違いを起こすものである」という前提に立って、ものづくりが行われています。にもかかわらず、その責任を使用者側に押しつけていないか、また、消費者である使用者は、建築物や製品において事故が起こると、これは自分の注意が足りなかったからであると考えているのではないか、ということが、こうした既往研究などの結果や市中にある書籍などから推測されるわけです。このことが、製品等へクレームとしてあがらない、よって安全設計にフィードバックしないという悪循環があるのではないかとも考えていました。
 これらを実証して、広く世に問うことが必要と思い、調査を始めることにしました。事故にはいろいろな種類がありますが、住宅内事故の種類ごとに、子ども、保護者、あるいは製品、建築の造り方など、それぞれについて責任の度合いを、幼児をもつ保護者へのアンケートで5段階評価してもらいました。有効回収数は1,734でした。
 保護者の責任が大きいと考えられている窓やベランダ柵、階段などからの転落、墜落、これはまさに建築のほうでやらなければならない重大事故につながるものですが、こういうものほど保護者の責任が大きいと考える傾向があることがわかりました。これは私の仮説どおりだったのです。ところが、子どもさんの年齢(1歳~6歳)別に、保護者に責任があると思うか、否かをたずねれば、1歳など小さい時は保護者に責任があると考えるけれども、5~6歳になるとその割合は下がっていくのではないかと思っていたのですが、それは違っていて、どのような年齢であってもこうした住宅内事故では保護者に責任が大きいと思う結果となっていました。
 つぎに、手すりとか設備、家庭電化製品とか、対象物自体の造りがまずい、そこに責任があると思っていらっしゃるのは、当然のことながら逆に大幅に低く出ています。これらについてはメーカーがクレームを受けるということは、今後ともないと思っています。
 全般に子どもの年齢にかかわらず事故の責任は保護者にあると考える傾向が強いことが実証されましたが、例外として、墜落、転落とかの重大事故経験のある回答者は、保護者の責任ではないと考える傾向があります。こうした経験のある人は、自分自身の注意喚起だけではどうにもならなかったという思いが強くあることが推測されます。またこれとは別に、子どもを放任ではなく、強い保護のもとに置く「行動制限傾向」のある保護者は、住宅内事故について、自分自身に責任があると考える傾向がかなり強く出てしまうということもわかりました。
 これからの子どもや保護者への安全教育は、ものの安全を考え、不適切なものがあれば事故が起こる前であってもクレームとして設計者やメーカーに伝えていくという、消費者教育が必要なことが示唆されます。

3.幼児を対象とした身体計測
 物的な環境で事故予防をしていくためには、子どもの身体計測や動作範囲、体力などのデータが不可欠です。しかし、これについても驚いたのですが、こうしたデータで、公開されているものはほとんどないということがわかりました。データがないのに、安全なものをつくれと言われても、技術者は困ってしまいます。
そこで、目安となる数字だけでも提供する必要があると思い、幼児の計測にはいり、270名程度の計測データを公開しました。この数は少ないと思われるかもしれませんが、幼児を計測する困難さを体験し、一つの保育所などで半日かけて20人測れたらいいほうでした。
 これによって、さまざまな知見を得ることができました。今まである基準では、手すり子幅を9センチ以下にしなさいといわれていましたが、今回の測定によって頭幅は1歳でも平均は12センチ程度とわかり、これについては従来の値に妥当性があることがわかりました。重心位置の測定では、幼児ではおおむね床から40センチから45センチのところにあることがわかり、浴槽等の転落防止に有効なデータを得られました。
 従来なかった握り内径寸法の測定結果からは、流通している普通の手すりは32~36ミリぐらいの径ですが、幼児が多く使用する施設では20ミリ程度のものが必要なのではないかという結果が得られました。
 それから、2歳を過ぎる、とつま先立ちができるようになって、急激に可動域、到達域が大きくなっていくのです。ある日突然、急に届いてしまうという危ない境界線もわかりました。これは工学の分野ではあまり知られていないことでしたので、2~3歳の間に大きな変化点、すなわち注意すべき大きな変化があることなどがわかりました。
 水平距離の到達範囲では、40センチぐらいのローテーブルがあると、1歳のお子さんでは、45センチぐらいのところまで届いてしまいます。70センチのテーブルですと1歳の子は大体20センチ弱ぐらいのところまで届きます。けれども、2歳になった途端に40センチぐらいまで届くことがわかりました。意外と有効可動域が大きいことに今さらながら驚かされます。

4.手すり柵の乗り越え
 東京消防庁の事故統計の墜落という項目を見ましたところ、救急車で運ばれた墜落は、全年齢層では3.2%なのに対して、子どもは5~7%と大きいわけです。
 実際に子どもがどのようにして落ちているのかというと、報道から見るかぎり直接乗り越えて落ちるというのではなく、必ずその前に一段階何かがあるようです。例えば手すり下部の足がかりとなるもの、台とかエアコンの室外機とか古新聞の束とか、ベランダにいろいろ置いてありますね。そこで幼児はどれほどの環境条件なら手すり柵を乗り越えてしまうのかを、実験をしました。
 足がかりについていえば、つま先が乗せられる部分が50ミリ以上あると自由に上れてしまう。10ミリぐらいだと足をかけることをある程度阻止する効果がある。ただし、効果があるのは身長105センチ未満児(おおむね3~4歳児)に限るなどです。
 また足がかりとなるもの自体は800~900ミリ以上の高さがないと容易に上れてしまいます。足がかりとなる台などを水平に手すり柵から離す場合は600ミリぐらい離さないと効果は出てきません。ものを置くのでしたら、柵の上端は置かれているものの上端から900ミリぐらいないとだめです。物を置いてしまうのは建築設計者の責任ではないのですが、置かれてしまうという前提で物を作らなければいけないと私は考えています。

5.箱ブランコについて
 学生に実際に子どもが箱ブランコを使っているところを見せます。公園に通わせて、どのように使っていたか500人分ぐらい見てくるわけです。少なくとも16パターンの遊びをしていることがわかりました。これとは別に事故情報を新聞報道などの検索で調べると、重大事故になるパターンがこの中にいくつかある。これを阻止するように遊具を改善するにはどうしたらいいのか。箱ブランコを止めてしまうのではなく、設計者が予期せぬ使い方があった時に、それでも重大事故にならないように改善するにはどのようにしたらいいのかというトレーニングとして学生にやらせています。
 公園での子どもや保護者からの聞き取り調査では、好む遊具として、遊具で遊びながら相手と目を合わせるコミュニケーション重視型の遊具と、激しく動かしたりスリルを味わう遊具の2種類に分けてみます。2歳から4歳ぐらいはコミュニケーション重視のほうが多いですね。それが、6歳から10歳ぐらいになると、動的なスリルを求める遊具が好まれ、それが小学校高学年とか中学生になってくると、逆転してコミュニケーション重視型のほうに戻るのです。小学校1年生から小学校3年生ぐらいが、遊びだけでなく指向も動的なスリルを求めているし、なおかつ安全に対する意識がまだ十分発達していないということで、非常に危険な年齢層といえるのではないかと思います。

6.建築ジャーナリズムと設計者の姿勢
 建築の雑誌に、見た目の軽快感や開放感のデザインを重視した、安全に無防備な住宅が毎号のように掲載されています。こうした安全面については、何のコメントもなしに雑誌に出しているのは、出版社の姿勢として問題であると読者の声の欄に投稿したことがあります。編集部ではていちょうに再取材をしてくださいましたが、こうした安全でない建物は施主の要望であり、それによる不都合な点もすべて知ったうえであるという設計者のコメントを聞いてきていただきました。わたしは、まだ設計者のこうした点の意識が十分でないことを思い知らされることになりました。プロの設計者であれば、こうした点を考慮したうえでいかにデザインを実現できるか、そして施主が望むものが適切でなければそれを諭すべき立場にあるのではないかと思います。これについては、建築教員に携わる私たちの責任が大きいものと自覚しております。
 以上、建築の面から、最近の子どもの事故に関する研究と話題についてお話しました。

(事故サーベランスプロジェクト講演会 於:六本木ヒルズ 2006年3月発行)
〈書評〉
ほんの森
図解 バリア・フリー百科 日比野 正己 編著 TBSブリタニカ  2850円
 本書の特徴は、教科書的な著作物とは対をなすもので「日比野氏こだわりのバリア・フリー論集」である。内容はたいへんエキサイティングである。徹底的にバリア・フリーにこだわり、「挑戦する」日比野が随所に展開されている。最近話題の「ユニバーサル・デザイン」は『バリア・フリー・デザインを「障害者など特定のデザインである」と歪曲するなら礼を失する』と、バッサリである。こうした挑戦的で、痛快な記述があふれている。
 内容は「親孝行のすすめ」から「ゴミ拾い」を通して地球環境の保全、「読書法」まで、その内容は幅広く、筆者らの懐の深さをうかがわせる。読者は、本書を読みながらしっかりつかまっていないと振り落とされそうである。読書法は、日比野氏の著書の絶賛であり、バリア・フリー年表は、さながら筆者の業績集である。日比野氏を知らない人も、これを読めばその偉大さにひれ伏すであろう。日比野氏の著書をもっと読んでみたい、ふれてみたいと思ったあなたは「日比野ワールド」の住人である。
 共著者らは日比野氏によってよく統率されている。というのは、著者の多くは日比野氏に師事した人たちである。氏のいう画期的な「HM教授法(日比野式とでも言うのでしょうか)」によって育った人たちである。それぞれの書いた内容はしっかり教え込まれた「広い視野で社会を見据え-心を大切にする」という一貫したスタンスがある。これだけの人々を輩出する「HM教授法」とはどのようなものか。むしろ私の関心は、次第にそちらへ移行してしまうのである。しかし、これは読者を巧みに「日比野ワールド」へと誘導していることに気づく。マイッタ。
 個性豊かな本書の素晴らしい点は羅列しきれない。そこで、あえて欠点を述べる。本書の、かわいいイラストと美しいカラーページにつられて「福祉の入門書」と思って初学者が購入すると、とんでもないことになる。というのは、流れはやはり事典である。読者は、いきなり最高の知見と思想の展開に目がくらんでしまう。次に、若い学生さんがこれを読むと、エキサイティングな展開に、きっと「日比野ワールド」へと誘われてしまうであろう。これには警戒感を抱くのであるが、「どうすれば学生を引きつけられるか」お悩みの大学教員には一読の価値があろう。

(ほんの森、【月刊】ノーマライゼーション、日本リハビリテーション協会、2000年*月)

※八藤後補足 編集委員の吉田あこ先生が、編集委員会中にこの書評原稿を見て笑いが止まらなかったと後日うかがいました。まあ、私も若かったです。
〈書評〉
ほんの森
講座 高齢社会の技術 第7巻 まちづくり  秋山哲男、小坂俊吉 編  日本評論社
 まちづくりに関して、ここ数年の間に市民や行政の関心が高まり、急速に施策が整備されている。それだけに、まちづくりに関する書籍は、最近非常に多い。本書は、高齢化社会への対応を、技術的な面を切り口として編集した、ユニークなシリーズの一つで、障害者に関する記述も充実している。
 本巻の前半の内容は、まちづくりに関してその基礎的理念と歴史的背景から始まり、最新の技術と施策、そしてその実体と問題点といった一連の流れが述べられており、初学者が初めて手にとるものとして最適であろう。さらにこの巻の特徴は、後半を中心として、まちづくりを福祉コミュニティとしてとらえたソフト的な内容が充実している点である。すなわち、「まち」を生活を維持する器としてとらえ、さまざまな地域生活の支援のための施策や事業-具体的には地域拠点型の施設、健康維持のための地域づくり、災害に対応したコミュニティとしてのまちづくりのありかたといった、幅広い分野に言及している。「まちづくり」は、単に建築や都市計画の専門家だけのものでなく、住民一人ひとりが創り出していくもの-という編者の思想がある。
 本書では、こうした基礎理論を構築した体系的な内容とは別に、新しい、どちらかといえば生データに近いものもあり、現実の生々しい実体も収録されている。とりわけ、阪神・淡路大震災において、高齢者をはじめとした社会的弱者がどのような状況にあり、地域は彼らに何をしてきたのか、どうすべきだったのかという問いかけは、まちづくり事業は住民の生活の維持はもちろん、その命さえ握っている実体が浮き彫りにされる。
 しかし、後半で述べられているソフトウェア的な内容は、まだ新しく、確立していない分野であるためか、前半のハードウェアとのつながりが希薄であり、技術的応用はまだ未知の内容が多い。そして、ホットな情報であればそれだけ内容は生データ的で、記述が情緒的なものも見られた。これらには、地震で全壊した建物の棟数と死者の発生する割合は、大正時代の関東大震災も最近の阪神・淡路大震災でもあまりかわらないといった、示唆のあるデータと明快な記述がある一方で、ある疾病と居住者1人あたりの畳数や所得との関連といった、相互に直接関係があるような、初学者には誤解を招くデータもある。本書の後半部は、ある程度この分野の実態を知った者にとっては、有用な資料となろう。

(ほんの森、【月刊】ノーマライゼーション、日本リハビリテーション協会、1996年**月)